大阪にピカソとゴッホが!最高のデトロイト展と、画家のおもしろエピソード紹介

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参照:大阪市立美術館

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なんと、大阪にデトロイト美術館所蔵の絵画がやってきました!!

デトロイト美術館は世界的に有名な美術館で、所蔵している絵画はピカソ、ゴッホなど有名なものばかり。

そんな中でも、超有名クラスの絵画を日本向けに貸してくれたのです!!

いいんですか!? 大阪なんかに来ちゃって…!! ソースまみれになっても知りませんよ!!

2016年9月25日まで大阪市立美術館で開催されているデトロイト展、さっそく訪問した管理人が、特にお気に入りの絵画を紹介します!

クロード・モネ『グラシオラス』

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この絵が見られて最高に嬉しかったです!!

特にぼくのお気に入りの絵で、まさか大阪に来てくれるなんて!! ものすごく感動しました。

この写真でも少し写っていますが、モネの筆使いを実際に見てしまい、感激のあまり失神するかと思いました。

なんでこんなきれいな絵が描けるんだろう?

好きすぎて、帰り際にもう1回戻って10分くらい眺めてしまったくらい感動しました。

これだけでもお金を払った価値があります。

モネというのはもともと貧乏学生で、奥さんと子どもが出来た際、「養えない!」と川に飛び込んで自殺しようとしたというウルトラ無責任なエピソードが残されてるんですよね。

しかしモネの絵は本当にどれも美しく、こんなにきれいな絵を生涯で残した画家は他にいないんじゃないかというくらいぼくが大好きな画家の一人です。

奥さんのカミーユはとても美人な方だったらしく、モデルにした絵はどれも美しいの一言。

claude_monet-madame_monet_en_costume_japonaismone画像出典:Wikipedia

きれいなんてもんじゃないぞ!! 美しすぎて卒倒してしまいます。

他にも特大サイズの絵をよく描いており、6メートルの絵『草上の昼食』を描いた時には持ち運ぶにも困った末、泊まった宿屋に「これ、お代のかわりに置いていきますわ」と6メートルを置いて去ったというありがた迷惑エピソードも。

宿屋は飾るのにも困り、いい感じの大きさに切断して事なきを得たのですが、このことから『草上の昼食』は永遠に全体像がわからない作品になってしまいました。

MONE03画像出典:http://blog.livedoor.jp/kokinora/archives/1020582968.html

とにかくモネの絵は美しいとしか言いようがないです。晩年の絵などは幻想的ですらあり、いつかモネの絵ばかりを展示した展覧会に行きたいな~というのがぼくの夢でもあります。

ゴッホ

自画像

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サイズこそ小さめですが、いつものゴッホのマヨネーズみたいな筆使いはもちろん健在で、相変わらず絵の具の使い方がとても上手い方だと思います。

青と黄色は隣り合わせにすると特に引き立つ色なのですが、ゴッホが大好きな組み合わせで、毎回こういう配色を構成しています。(クリスマスの赤と緑なども引き立つ配色です)

ゴッホは部屋の中を描いても、部屋が青、ベッドが黄色という具合に、強いコントラストを出さずにいられない人で、独特の配色構成は浮世絵からヒントを得ているそうです。

日本人が馴染みやすい理由はそこにあるんですね。日本画家の方も、ゴッホの配色は浮世絵の色使いだと答えられていました。

『オワーズ川の岸辺、オーヴェールにて』

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この絵も同じような配色なのですが、ひと目見ただけでゴッホだとわかる素敵な絵です。

うしろの森がベビースターラーメンみたいになってるんですけど、こんなにもじゃもじゃ森を描く人が他にいたでしょうか?

ゴッホの人生について語ると少し長くなってしまうので遠慮しますが、いつもゴッホの絵を見るたび、「ゴッホは幸せだったのかな」と深く考えさせられてしまいます。

自分で耳を切り落としたり、最後にピストル自殺した際、「このまま死んでゆけたらいいのだが」と望む姿は、あまりにも人生を苦悩に満ちて過ごしてきたことを表していると思います。

生前はまったく評価されていなかった、というよく知られたエピソードはやや誇張であり、実際は新聞に死亡記事が載るくらい知られてはいました。

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参照:Wikipedia

ただ、他の有名な画家に比べて評価が低かったのも事実で、本格的な画家活動が自殺前の10年間だけであり、画家として花咲く前に自殺してしまったというのが正しいと思います。

ゴッホの周りに理解者がおり、もう少し生きやすくなっていたら、生前から高い評価を得る画家の一人になっていたのではないでしょうか。

ピカソ ブログ・SNS転載禁止

ピカソの絵はたくさんあったのですが、すべてネットへの転載禁止でした。

な、なんで…!!

その気になったらもともとネットや本で見れてしまうものなのに…

しかし、デトロイト展では大変楽しませていただいてわがままは言えないので、泣く泣くピカソの絵は不掲載とします…。

初期の頃の美しいタッチの絵から、キュビズムに傾倒して「どうしちゃったの!?」と言いたくなる絵まで網羅されていて素敵なコレクションでした。

ピカソは生前に10万点を超える作品を残しているパワフルな画家であり、世界で最も有名な画家でもあり、そして最悪の性格の画家でもあります。

女性の噂がたえず、たまたま恋人とデートしているところを別の恋人に見られた時には、「よし! 女同士でケンカしろ! ケンカして勝った方とつきあってやるよ」とあおり、女性ふたりが取っ組み合いのケンカをするところを見て大爆笑。

後年、この時のことを思い出して「あんな楽しいことなかった~」とコメントする、超ウルトラ最悪な男です。

ピカソとつきあった女性は誰も幸せになっておらず、子どもを産んだのに捨てられたり、心を病んだり、なにひとつとしていいことがないのに、なぜか多くの女性が心底ピカソを好きになるという、不思議な出来事が起きています。

実際、ピカソがおじいちゃんになって死んだ後、ふたりの若い女性が、「ピカソが死んだから、わたしも生きてても意味ない! 死ぬわ!」と、首吊り・ピストル自殺をしているのです。

え…どういうことなの…

性格的にはウルトラクズなのですが、どこかで女性をひきつける謎のパワーがあったのだと思います。

ちなみに晩年はエロい絵を描くことにこだわり、347作ものエロ絵を残したばかりか、その中には無修正ものまで存在したため、多くの支持者から「ポルノ老人!」と呆れられたものの、ピカソはなにひとつ気にしていなかったといいます。

ピカソが語るセリフはどれも自信満々で、それが彼の魅力だったのだと思います。

ピカソの自信に満ちた言葉をひとつ紹介します。

「昔、母は私にこう言った。お前が軍人になれば、将軍となるでしょう。修道士になれば、法王となるでしょう。そして私は画家となり、ピカソとなった」。

モーリス・ドニ『トゥールーズ速報』

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これは1892年の新聞用に描かれたものの絵画版です。

モーリス・ドニは古い画家ですが、当時としてはとても新しい考え方を持っており、絵というものは宗教画とされていた時代に、「絵は、色が集められたただの平面」というものすごく前衛的な考え方を持っていた人です。

それだけ新しい考え方を持っていながら、なぜか古臭い絵を描くのが好きというおもしろい人でもあります。

ドニの絵のなかでも、この絵は現代に通じるおもしろさを感じますね。

やっぱり新聞の絵というのは、今も昔もこういうキャッチーなものだったんでしょうね。

デトロイト展にドニの絵は少なかったのですが、もう少し展示して欲しかったなと思います。

アメデオ・モディリアーニ

『帽子を被った若い男性』

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彫刻に影響を受けた画風だという説もあるんですけど、さすがにこれは嫌がらせの域に達してないかと思う絵柄。

これ、モデルになった人不愉快なんと違います? 「こんな顔してねーぞ!」と言いたくなる独特の画風をされています。

『女の肖像』

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この絵のモデルが誰かはわからないのですが、当時一緒に暮らしていた18歳の学生・ジャンヌではないかとも言われています。

ちなみにジャンヌの写真は現代にも残されていて、こちらの女性です。

MOD01画像出展:Wikipedia

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さすがにこれは失礼と言いたくなるようなディフォルメっぷり。

ちなみにモディリアーニという人はなかなかのクセ者であり、ピカソから

「こないだモディリアーニに借りてた5フラン返すわ~」

とお金を返されると、

「え? 利子は? 利子なしなんてありえないよね。5フランの利子として200フラン払ってくれる?」

とヤミ金でもこんな利息つかない、信じられないような守銭奴っぷりを見せています。

普通、500円借りて利子に2万円取られたら、そんな人と友達でいると思います!?

さらにカフェでは近くにいた客の似顔絵を勝手に描き、「似顔絵描いたから買うよね?」と強引に売りつけては、そのお金で夜の街を練り歩き、妊娠中のジャンヌが探しまわっていたとも言われています。

ただれた生活によりモディリアーニは35歳という若さで死亡し、ジャンヌの両親の反対から、なかなか夫婦で同じ墓に入れてもらえなかったというエピソードも。

画風同様、個性的な人だと思います…

オスカー・ココシュカ ブログ・SNS転載禁止

絵画の世界には、この人ちょっとあぶないんじゃない、と言いたくなる『狂気の画家』タイプの方が垣間見られますが、ココシュカも多分にもれずちょっとあぶない人です。

絵は転載禁止なのですが、生涯の絵を一覧にまとめると、とんでもない感想を抱くことになると思います(えぐくて)。

今回のデトロイト展には1点だけの展示でした。しかも彼の中でもかなり明るい作品だったので、これだけ見たら「可愛い絵の人」と勘違いしてしまうかも…。

ちなみにココシュカがどれだけすごかったかというと、未亡人アルマとの恋愛に破れてしまったことから、「彼女が忘れられない! 彼女の実物大の人形作って! こんなふうに!!」

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画像出典:http://blog.livedoor.jp/kokinora/archives/1016836603.html

と設計図を書いて業者に依頼し、

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画像出典:http://blog.livedoor.jp/kokinora/archives/1016836603.html

こういうのが出来上がってきて激しいパニックを起こしたというエピソードがあります。

これはココシュカの設計図が悪すぎたんだろ!! 当時の技術だとこれが限界でしょ!

一説にはこの人形が気に入って、服を着せて一緒に外出したとも言われていますし、速攻で嫌いになったとも言われています。

とにかくこの人の絵はすごいので、改めてちゃんと特集記事にしてまとめたいですね…。

1枚だけ絵を紹介させていただきますと、ココシュカが実物大人形の製作依頼をするほどに固執していた未亡人アルマとの愛を描いた代表作・『風の花嫁』が以下の絵になります。

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画像出典:http://blog.livedoor.jp/kokinora/archives/1016836603.html

めっっっちゃ暗くね!?!?

これが人生で一番テンションの高かった時の絵だとは…

他の絵も察していただきたいのですが、すごいものがあります。

でもこの人の風景画は、とても可愛いしきれいなものが多いんです。

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画像出典:http://blog.livedoor.jp/kokinora/archives/1016836603.html

愛のことはもういいからこっちを描きなよ!!

エドガー・ドガ『女性の肖像』

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どこかマツコ・デラックスのようなご意見番的雰囲気を感じさせる絵ですが、ドガの絵は大変に深くておもしろいと思います。

わかりやすく絵の歴史を説明しますと、絵画はもともと「ローマ美術のようにきれいに描こう!」という歴史画・宗教画が主流で、それ以外の絵はだめだと言われていました。

しかし、「そういうの古臭くない? 新しく、感じるままに描いてもいい?」という人たちが生まれ、『印象派』というものができあがったのです(モネなどが代表格)。

ドガは、正統派の歴史画を描く天才でありながら、印象派のような新しい絵も描く才能があり、それだけならいいのですが、天は二物を与えずで性格がよろしくなかったんですよね。

「俺最高! 周りは雑魚!」という主張が強すぎるドガは、結婚もできず友達も離れていき、最終的に目の病気が悪化して視力をほとんど失い、パリの街で野たれ死んでしまったと言われてしまいます。

しかしドガは自分で驕り高ぶるだけあって絵が上手く、お金に困っていっぱい描いた踊り子の絵なんかはすごく美しいと思います。

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物販もたくさん!

デトロイト展では物販コーナーもすごく充実してました!

個人的に気になったのが、絵画をそのまま組み立てられるペーパークラフト。これすごくかわいくない?

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あと、絵画のシャドウボックスもおしゃれでした!

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紙を重ねて立体感を作るもので、プリンターがあれば自分で作れるんですけど、最初から簡単に組めるので手軽ですね。

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複製画にはデトロイト展にないものもありました。

モネがカミーユの死後描いた『日傘の女』。顔がうつっていませんが、どことなくカミーユっぽい。なんてきれいな絵なんだ…!

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大阪・デトロイト展は本当に素晴らしい最高の展覧会でした!!

東京でも10月からデトロイト展を行いますので、関東の方もぜひ見に行ってみてください! 値段以上に最高に楽しめます!

デトロイト展公式サイト

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