普通に生活していれば、視力なんて1.0あれば十分。
パソコンやスマートフォンが全盛期の今では、0.5もあれば生活ができるというレベルです。
ですから、ぼくたちの生活で2.0以上の視力を求められることはありません。
しかし、幼い頃から遠くのものを見続けてきたマサイ族には視力12を超える人間も存在しますし、訓練によって得られる人間の限界視力はぼくたちが考えるよりもずっと高いということがわかっています。
視力の限界とはどこにあるのか?
道具を使えば、視力を上げることができるのか?
人間はいったい、世界のどこまで『見れる』のか?
今回は、現在人間が手に入れられる視力の限界に迫ります。
視力限界ランキング
目がいい一般人 視力2.0
日本ではどれだけ目がいいといっても、2.0の視力までしか聞いたことがないのではないでしょうか。
これは日本人の視力が2.0で限界なのではなく、視力測定が2.0までしかないのでそれ以上は計測できないことに由来しています。計測できないだけで、2.0を超える視力を持っている方は日本にもおられるでしょう。
検査ができないためにその実数は不明ですので、一般人の限界値を便宜上2.0としておきます。
第二次大戦時の戦闘機のパイロット 視力2.5~
第二次大戦時の戦闘機は現代のように優れておらず、ゼロ戦なども工芸品のような繊細さでしたが、そこに乗っていたパイロットたちは、高速飛行の中で砂粒のように小さい敵機も見逃さぬよう、血の滲むような努力を重ねていました。
通常、速度が上がるほどに目がものをとらえる能力は落ち、時速100キロも出せば視力は60%程度しか発揮できないと言われています。
ちなみにゼロ戦の最高速度は時速572.3キロであり(零式艦上戦闘機五四型)、新幹線がせいぜい時速300キロであることを考えると、これは驚異的なスピードです。日本だけでなく、ドイツ軍のメッサーシュミットは音よりも速く、時速1,000キロ(マッハ1)を超えています。
こうした戦闘機に乗るパイロットたちは厳しい視力トレーニングをしており、通常の人間が見ることの出来ないほど遠い敵機の姿を正確に視認していたことから、その最高視力は2.5を遥かに超えていたのではないかと言われています。戦争時に生み出された悲しい記録です。
メガネによる矯正 視力3.0~
メガネによる矯正は、理論上、視力をどんどん上乗せすることができます。
ですので目のいい人に更にメガネを使用すれば、視力3.0以上に伸ばすことも可能なものの、実際にはこのメガネをかけて暮らすことはできないでしょう。
眼球にかかる負担が相当なものになりますし、生きていくために必要な視力は、視野や動体視力なども含めた全体のバランスであり、ただ遠くのものが見えればいいというわけではないからです。
マサイ族 視力12
マサイ族の視力最高値がどれくらいのものかわかりませんが、平均視力が3.0を超えていることは間違いありません。
日本のバラエティ番組が視力検査表を作って持って行ったところ、視力12を超える方も存在しており(それ以上の測定器具を持っていかなかったため限界値は不明)、マサイ族の異常に優れた視力が明らかになりました。
実際、マサイ族に限らず、大草原で暮らす民族は総じて視力が高い傾向にあります。
遮蔽物のない大草原で、自然を相手にした生活だからこそ視力が発達するわけですが、マサイ族が都会に来ると視力が下がってしまうことも明らかになっていることから、人の視力は環境と訓練によって決まるともいえますね。
現在確認できる人間の最高視力は、マサイ族のものだと考えられています。
鷹などの鳥類 視力16以上?
鷹など鳥類の視力は測定が難しいですが、人間の目の細胞が20万個しかないのに比べ、鷹の目の細胞は150万個あります。
『鷹の視力は人間の8倍』と言われるゆえんですが、実際にどこまで見えているかは明らかではありません。
しかし鷹は狙った獲物は決して逃さない精密動作性を誇っており、これらは相当に視力が発達していなければできるような芸当ではなく、単純に一般人の8倍だとしても視力は16以上。
正確な数字は出ないものの優れていることは間違いなく、現存する生物の中では最高クラスの視力を誇っています。
双眼鏡、天体望遠鏡 視力20以上~
鷹以上の視力を個人の訓練で得ることはできず、かろうじて双眼鏡や天体望遠鏡などを用いればその視力に届くことができます。
最近の双眼鏡の力は非常に優れており、天体望遠鏡並みに星を観察することも可能です。天体望遠鏡もとてつもなく進化し、見るだけでなくスマホ撮影も可能なモデルも増えています。
正直言ってこれだけ性能が進化すると、光化学スモッグにおおわれた日本では真価を発揮できないといえるレベルです。個人が気軽に手に入れられる視力の限界点だと言えるでしょう。
すばる望遠鏡 視力100~
■公式ホームページより
ハワイにあるすばる望遠鏡は、日本が作った天体望遠鏡の中でも最高峰どころか、地球上にある天体望遠鏡の中でも最高の性能を持ち、視力100を誇る光学・赤外線望遠鏡です。
実際にはすばる望遠鏡の回折限界(望遠鏡の性能)は、視力1,000に匹敵する能力があるものの、地球上では視力1,000の力を発揮することはできません。
なぜなら、地球上の大気の温度は一定ではなく、その温度差が空気中の光を屈折させ、とらえたはずの像をゆがませていくからです。
現在は補償光学といって、ゆがんだ像を更に戻し直す技術が開発されており、これら技術の発展によって多くの星々が観測できるようになりました。
視力がある程度向上すると、もはや大気の温度差が影響するレベルになり、視力以外になんらかの補助をしなければ目視することができない状態になっていきます。
ちなみにすばる望遠鏡は誰でも無料で見学できますが、ハワイといっても過酷なマウナケア山頂にあり、その標高は富士山以上、空気も薄く、気軽に見学するのは困難だと言えるでしょう。
しかし、現時点でお金を出して体験できる最高の視力はすばる望遠鏡になると思います。
ハッブル宇宙望遠鏡 視力600
これは卑怯!!
宇宙空間にある望遠鏡であり、大気の温度差がない分、遠くまで見えて当たり前のすばらしい望遠鏡です。
視力は余裕ですばる望遠鏡を超え、ハッブル宇宙望遠鏡が天文学にもたらした恩恵は計り知れません。
1990年に飛ばされた衛星タイプの望遠鏡で、多くの故障を経験するもいまだ稼働しており、ハッブル宇宙望遠鏡の観測をもとに書かれた論文は10,000件を超えます。
宇宙を構成するダークマターを発見したのはハッブル宇宙望遠鏡のおかげ。2021年までには落下して寿命を終える予定ですが、人類が宇宙に誇る最高の望遠鏡です。
■ハッブル宇宙望遠鏡が撮影した写真。タランチュラ星雲内部の空洞で、誕生する星と死にゆく星たちの瞬間。この世のどんな光よりも美しい光景で、間近で見たら衝撃で気絶すると思うレベルです。
NASA; ESA; F. PARESCE, INAF-IASF, BOLOGNA, ITALY; R. O’CONNELL, UNIVERSITY OF VIRGINIA; WIDE FIELD CAMERA 3 SCIENCE OVERSIGHT COMMITTEE
■一瞬、ゲーム画面かと錯覚するほど美しい光景。M16星雲のガスでできた柱です。神々しささえ感じるくらいで、宇宙はこんなに美しいんだと驚かされました…
NASA, ESA, AND THE HUBBLE HERITAGE TEAM (STSCI/AURA)
アルマ望遠鏡 視力2,000~6,000
Credit: ALMA (ESO/NAOJ/NRAO).
チリ共和国にある、日本含む複数の国際プロジェクトで製作されたアルマ望遠鏡。
もはや視力というよりも完全に『電波』なのですが、パラボナアンテナをいくつも置くことにより、とてつもない距離の光をも観測することが出来ます。
しかも、パラボナアンテナ同士の距離を広げれば広げるほど視力も増えていき、15キロまで広げた2014年には視力2,000という大台を突破しました。
視力2,000というのは、東京にいながらにして、大阪ドームの野球選手が投げたボールが正確に見えるほどの驚異的な視力です。
最終的に視力6,000まで到達することを目標としており、アルマ望遠鏡の登場は世界を変えました。初めて観測された『惑星誕生の瞬間』は本物なのか疑う声が続出したほどです。
アルマ望遠鏡があるアタカマ高地は標高5,000メートルの厳しい土地であり、一般人の見学は不可能ですが、まさに人類最高レベルの技術だといえるでしょう。
■初めて撮影された、惑星誕生の瞬間。周りのチリやガスをかき集め、惑星へと成長する様子がはっきりと捉えられていて、世界を驚かせました。
画像は三菱電機公式ページより
アルマ望遠鏡+重力レンズ効果 視力13,000
え? なに? もっかい言って?
そう言いたくなるほど恐ろしい視力ですが、ついにアルマ望遠鏡は2015年6月、視力にして13,000の観測を記録しました。
とはいってもアルマ望遠鏡だけでこの記録を出したわけではなく、これは宇宙の重力レンズ効果によるものです。
光は絶対的な存在ではなく、惑星の重力などによって簡単にゆがんでしまいます。
重力がメガネのレンズのように作用することで、あたかも蜃気楼のように遠くにあるものが見える現象を重力レンズ効果と呼んでいます。
ちなみに重力レンズ効果はアインシュタインが発表した論文ですが、べつにアインシュタインが発表したくて発表した論文ではなく、アマチュア科学者だったマンドルが、
「絶対重力レンズはありますよ!アインシュタインさん、このことを計算して論文にしてください!」
と熱狂的にアインシュタインを口説いた結果、「しかたないから書いてやるか…」と思われながらしぶしぶ作られたという経緯があります。
そのため、アインシュタインは論文を掲載してくれた『サイエンス』に、
「あの論文掲載してくれてありがとうございます。たいしたことないものですけど、あの哀れな男は喜んでると思います…」
とマンドルを陰ながらディスった手紙を書いているほどです。
アインシュタインの死後、重力レンズ効果が確かめられ、ついに2015年には、重力レンズを利用して視力13,000の記録を達成することになりました。
■ハッブル宇宙望遠鏡の美しい画像にくらべてナニコレ感が強いですが、これはいくつかの本来見えている星々の映像にまじって、とてつもなく遠くの巨大銀河の映像が蜃気楼のように写り込んでいる光景です。
証拠となるのが、光の周りに見えるリング状のもの。観測する人、遠くの星、途中で重力を作ってゆがめているブラックホールなどが一直線に並んだ時のみ発生する『アインシュタイン・リング』であり、アインシュタイン自身も「理論上はこうなるけど、まず見られる可能性は低いだろう」と言っていたものがはっきりと写り込んでいます。
これは、いま人類が見られる中で最も遠い『世界の端っこ』です。これ以上先にある世界は、まだ誰も見たことがありません。
画像は東京大学公式ホームページより
まとめ
ひと昔前であれば、人間が見られる最大限の世界なんてたかが知れていました。
しかし、技術の進歩はすさまじく、いよいよ想像することすら叶わなかった世界にまでその視力が及ぼうとしています。
まさしく神の目であり、今まで見ることができなかった世界を見られることにより、地球のルーツや生命のルーツさえもわかるのではないかと期待されています。
生命が地球から生まれたにしては、地球のほとんどを手にしている人類の科学力でも、バクテリアひとつ生み出すことが出来ていません。
隕石に含まれていたアミノ酸など、なんらかのルーツが宇宙にあるのか?
人類はその目に見える世界を広げていくことによりさまざまな秘密を手にしてきましたが、ついに生命の領域が解き明かされることも、そう遠くはありません。