ドッキリで死刑!?『罪と罰』の作者ドストエフスキーは作品よりおもしろい

この世で最も難解な小説を書く男

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『罪と罰』のドストエフスキーといえば、誰でも一度は聞いたことがあると思います。

実際、『罪と罰』はこの世で最も有名な小説であり、それでいながら最も誰も読んでいない小説の筆頭に挙がるでしょう。

一番有名なのに一番誰も読んでいないとは、これは一体どういうことなのでしょうか?

そんなことで『罪と罰』は本当におもしろいのでしょうか?

もしかして本人のほうがもっとおもしろいんじゃないでしょうか?

今回は、小説を読まない方にも楽しめるよう、わかりやすくおもしろくドストエフスキーについて紹介いたします。

愛してます!ところで金貸して!!すぐ送金して!!

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この世で最も有名で、哲学的な『罪と罰』。

これだけの小説を書いているのですから、作者はさぞかし頭がよく教養にあふれた人間だろうと想像しがちですが、実際のドストエフスキーは計画性がまったくない男でありました。

とにかくギャンブル好き。その上とんでもない下手くそ。

持ち金どころか、家にある金目になりそうなもののすべてを失い、妻への手紙では「愛してます! 金貸して! 急いで送金するのだ!!」ホストでも使わないほどのダメゼリフを3点セットで駆使するとんでもない小説家です。

このダメ&愚かっぷりはとどまることを知らず、不倫での海外旅行中にカジノで全財産を使い果たし家に戻れなくなった時には、出版社に

「まじなんとかして!! 俺にできることは小説を書くことしかない!! 必ず小説書くからぁぁぁぁぁ!! 先にお金貸してぇぇぇ!!」

と泣きついてお金を前借りします。

小説の完成と引き換えにお金を借りたはいいですが、完成させるまでに許された時間はわずか。

この時、小説家であるはずのドストエフスキーがもはや書くことを放棄し、猛烈なスピードでしゃべりまくったのを筆記係の若い女性に文章に起こしてもらい、わずか26日で1冊の本を書き上げることに成功します。

小説のタイトルは、『賭博者(ギャンブラー)』。

ちなみにこの時の筆記係の若い女性と、その後結婚しています。

こんな人から学ぶものはなにもないと言い切れるようなとんでもないエピソードです。

この小説が出版された際、「主人公たちがギャンブルにのめりこんでいくさまに異常なリアリティがある! 白熱する! 実際にギャンブルでもしているかのようだ!」という評価が集まりましたが、実際にギャンブルしていたのだから当たり前です。

こんな男が身近にいたら、確実に友達をやめると思わせるほどのダメ人間っぷりですが、ドストエフスキーは人生全般において考えられないトラブルを繰り返し、気づいたら数年後にその体験と非常によく似たストーリーの作品が出版されているというドストエフスキーシステムを構築しています。

何も知らずにドストエフスキー作品を読んだ読者は、しばしばその濃密さとリアリティに驚愕させられることが多いです。

「すごい緊迫した現実感だ!! こんなことが普通の作家に書けるのか!? この小説の中にある死刑直前のエピソードなんて、あたかも本当に死刑になったかのようだ!!

本当に死刑になったんですよ!!

この男の実話です!!どうなってんだ!!

警察が仕組んだ、マジリアルドッキリで死刑に!!

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ドストエフスキーが初めて書いた小説、『貧しき人々』はスマッシュヒットし、とてつもない小説家が現れたと絶賛されました。

この後、数年に渡って出版した新作はいまいちヒットせず、くすぶっているうちになぜか政治的思想に目覚めていくドストエフスキー。現在の政府はダメだと思い始めるようになります。

ちなみにドストエフスキーが住んでいたのは、政府に対する悪口に非常に厳しい国・ロシア帝国です。

この美しい小説のような伏線わかっていただけますでしょうか? もちろんこの伏線はしっかり回収されてしまいます。

ドストエフスキーは危険思想を持つ人間として警察に逮捕され、留置場に入れられた後、いきなり死刑が宣告、処刑場に連行されます。そこに待っていたのは銃殺の準備。処刑台に並ばされ、銃を持った兵隊たちが構え始めます。

この後、数分後に確実に死ぬ。

ドストエフスキーの中に尋常ではないほど無数の思考が駆け巡りました。

いよいよ銃殺されるという時に、皇帝からの使者が登場。

処刑は中断され、「やっぱり皇帝陛下が『死刑やめたら?』っていうから、今日のところはカンベンしてシベリアへ島流しで許してやるぜ! よかったな! 皇帝陛下にまじ感謝しろよ!」と告げられます。

つまりこの逮捕と処刑自体が、皇帝に忠誠心を持たせるためのパフォーマンスだったわけですが、この時の経験はドストエフスキーの小説に大きな影響を与えることになりました。

処刑はまぬがれたとはいえ、4年間シベリアへ島流しされたドストエフスキー。

この頃の囚人生活は、人間としての尊厳を失うほど苦しいものであった上に、多くの人間の美しさと汚さを同時に見るという痛烈な体験をしたのです。この体験が、ドストエフスキーの小説の中の人物たちに他の文学にはない深さを与えていきました。

社会復帰後、ぜんぜんこりずにいきなり出版した政府批判の本は発売禁止に。

死刑から島流しまで体験した直後、なぜまた政府批判の本を出すのか完全に意味不明ですが、ここにドストエフスキーの一貫した意志の強さを垣間見ることが出来ます。

さらに出版した『死の家の記録』は、マジモンの囚人が書いたとしか思えないほどリアルに描かれた獄中劇ですが、マジモンの囚人が書いたのですから当たり前です。

ドストエフスキーの5大長編のひとつと言われる『白痴』では、主人公が処刑される直前の5分間をとてつもなく鮮烈に描き切っています。

これなどは、どの文学を探してみても見つからないほど迫真に迫った描写であり、「なぜこんなに実体験のように書けるのだ?」と人を驚かせましたが、これまた実体験なのだから当たり前です。

現代で言えば、死刑や島流しを、エッセイストのように『突撃体験レポート!』しているドストエフスキー。こんな人は世界で彼一人ですが、自分の体験を芸術にまで昇華させる天才的な技巧は、小説の真髄とも言える素晴らしいものです。

それでも最高におもしろいドストエフスキー

ドストエフスキーの小説が、素晴らしい作品でありながらあまり人に読まれていない理由として、有名作品であるという魅力と名声がどれだけあっても、読むのがめんどくさいということが挙げられます。

未完の大作となった『カラマーゾフの兄弟』などは、「まだプロローグの段階です!」と言いながら1500ページ、ハードカバー3冊にのぼるとてつもない超大作です。

プロローグで1500ページも読む気になりますか?

映画を見に行って、6時間も舞台挨拶が行われたらどうします?

また、まだ長いだけなら時間をかければ読めないことはないのですが、長い上に回り道が多いという小説嫌いを挫折させる仕組みが随所に散りばめられています。

突然、登場人物がなんかわけのわからん話をし始めて、「なんだこれは? しかしこれだけ長く話しているのだから、きっと物語的に意味があるのだろう」と思っていたら、別に最後まで本筋とは何の関係もなかったということはざらにあります。

ぎゅっと縮めたら2行ですみそうなことを数10ページに渡って描いていることもあり、これだけ読むのが困難な小説、活字離れした現代に読めという方が酷というものでしょう。

そのハードルさえ越えればドストエフスキーの世界に入り込むことができるわけですが、「そこまでして入らなくてもいい」、「行けたら行くよ」という絶対に来ないパターンで返事されてしまうのがドストエフスキー小説の特徴。

最後に、ドストエフスキーが残した魅力的な小説を、ネタバレしない程度にあらすじだけ紹介します。

ドストエフスキー作品あらすじ紹介

この世で最も優しい人は、この世で一体何を見るのか?『白痴』

その男の知能は、一般人に比べてずいぶんと劣っていました。

しかし彼は、優しく慈愛に満ち、純真で無垢であり、誰にも愛される清らかな人間でもあったのです。

対するもう一人の男は、この世の黒い感情を形にしたかのような、どす黒く得体のしれない男。

このふたりが、1人の女性をめぐって恋をした時、ひとりは知能の遅れのために不器用な慈愛の中に苦しみ、ひとりは真っ黒な感情をむき出しにして殺人をもいとわず、あたかも、善も悪も愛も、この世にあるすべての感情を織り交ぜたドラマが始まります。

衝撃のラストへ向けて美しく組み上げられたストーリーは、文学界の歴史に残る傑作です。

トルストイは、「この小説はダイヤモンドだ!しかも数千のダイヤモンドだ!」と評価し、いまだに何度も新装版、新訳版が発行されるほどの人気があります。

もしも、この世で最も優しい人が今の世の中にいたなら、その人物は、この社会の中で何を見るのでしょうか?

ドストエフスキーの人間に対する思いが込められた1作であり、主人公の処刑シーンや、『てんかん』の持病を持っていることなど、実体験に基づいたエピソードには強烈なリアリティがあります。

日本の映画監督、黒澤明も惚れ込み、「こんな天才には及ばないが、自分もこれを映画にしたい」と日本人をキャストにして映画化したほどの名作です。

作者本人のほうがおもしろい傑作『罪と罰』

『罪と罰』のあらすじを紹介する前に、まずその頃のドストエフスキーについて説明させてください。

『罪と罰』を書いた頃のドストエフスキーは、シベリアの島流しから戻ったばかりでありながら、病気になった妻を介護しなければならず、精神的に疲れ果てていました。

その結果、若い女性と不倫をすることになり、「このまま不倫旅行しようや!」と計画。ハッピーな不倫旅行が始まるはずが、「先に旅行先で待ってるね~」と旅立った若い女性が、旅行先で「なんか寂しくなっちゃった…」と他の男と関係を持ち放題したため、ドストエフスキーはテンションガタ落ち。ボロボロの状態になります。

もう『罪と罰』書かなくていいじゃん!!

できてるじゃん!! もうすでに罪も罰も!!

それでもがんばって不倫旅行を続行したものの、旅先で発揮してはならないギャンブラーの血が騒ぎ、ギャンブルし放題した結果、不倫相手の女性からも見放されてしまう結果になったのです。

「もうお金ない!! お金貸してくれるならなんでもいい!! 小説書くからまじ貸してーーーーー!!」と悪徳出版社にお願いしまくって出来たのが『罪と罰』。

もう本編読まなくていいじゃん、このエピソードだけで十分に罪と罰だよ!!

それでもあらすじを説明すると、『罪と罰』とは、人間の弱さを真っ向から描いた『救済』の小説です。

主人公の青年は頭脳明晰でありながら、食べることもままならないほどの貧乏に苦しみ、貧しい生活から、自分の中の『正義論』の中で葛藤することになります。

「この世は報われず、若者が金のなさに苦しみ、悪徳金貸しの老婆が自由な人生を満喫している」

「しかしその金を多くの若者に分け与えれば、多くの人間が幸せになる。ひとつの命と、大多数の幸せと、どちらが大事だっていうんだ?」

「なぜ自分が、悪徳な金貸し老婆を殺して金を奪ってはならないんだ?」

「天才である自分が、多少の罪を犯したところで、それは許されるべきものである」

「そもそも、ひとつの罪を犯したところで、100の善行を行えば、それは洗い流されるべきものである」

「ではなぜ、自分が、悪徳老婆を殺し、金を奪ってはならないのか? その金で多くの人間が幸福になるというのに? その後、善行を行って罪も洗い流せるというのに?」

「あの老婆を、殺してしまおう」

若く頭脳明晰な青年が考えだした、天才論と正義論。

それを実行するまでにとてつもなく長い時間、悩み、苦しみ、葛藤し、彼は殺人を決行します。

しかしその時、それをたまたま目撃してしまった老婆の義理の妹も殺すことになってしまい、まったく無関係な者を殺してしまったことで、強い罪の意識にさいなまれることになるのです。

彼は決して根っからの悪人というわけではなく、善行をためらわない正義感も持っていました。弱いものには惜しみなく自分の財産を与える、慈愛の感情も持っていたのです。

けれども彼は、『天才という弱さ』に苦しみ、天才でありながらこんな貧しい生活をしなければならないという劣等感に苦しみ、今以上の特別な存在になることに憧れる弱い人間でした。

老婆を殺すことにいろいろと言い訳をつけて葛藤していましたが、『殺人によって今以上の特別な存在になる』という理由がそのすべてだったのです。

そんな彼だからこそ、完全な犯行の隠蔽などできるはずもなく、次から次へとボロを出し、あげくの果てには、自分から犯行をほのめかしているとしか受け取れないような行動もとっていきます。

そのとき出会ったソーニャは、主人公以上に貧しい生活を送り、家族のために売春までしているにも関わらず、美しい心を持ち続けている女性でした。

自分よりももっと苦しい状況であるにも関わらず、きれいな心を持っているソーニャに衝撃を受け、青年は少しずつソーニャに心を開いていきます。幼く未成熟な心を、ソーニャだけには打ち明けていくのです。そこには自身の犯行さえも含まれていました。

しかし、そんなことで罪は洗い流せず、ソーニャの部屋の隣の人間にすべての会話を盗み聞きされていたことから、青年のもとには警察の手がおよぶことになります。

青年はなにもかもをなくしましたが、ソーニャとの出会いの中で弱い自分の心に気づいたことから、自首をして罪を受け入れることを決意します。8年間に渡る監獄生活で、青年は苦しみ、弱り果てていきました。

長い刑期が終わった後、青年はふたたびソーニャと再会。

ただ、手をつなぎ、ただ、2人でいるだけで、初めて青年とソーニャは気づいてしまいます。

これが愛なのだ。特別であることを探し求め、悩み苦しんだ自分の特別なものは、とっくの昔に自分の中にあったのだ…。

ドストエフスキーに見る小説の魅力

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やべーーーーあらすじだけ書くつもりが、全部書いちゃったじゃん!!

これ絶対ドストエフスキーのことめっちゃ好きな人じゃないとやらないことじゃん!!

やっぱりドストエフスキーはおもしろい!! そして罪と罰もおもしろいよ!!

あらすじを読んでおわかりになるかと思いますが、弱く迷いが多い青年が、多くの挫折を経験し、シンプルな答えに行き着くという、実は文学小説の王道とも言える展開になっています。

ただそれだけの退屈な構成にはなっておらず、青年を追い詰めていく判事はほとんど探偵のようでもあり、サスペンスのようなストーリーが楽しめ、かつ青年が問う「正義とは何か?」は、人間が持つ普遍的なテーマを考えさせられます。

だからこそ、その一端を鮮烈に切り取った『罪と罰』は、永遠にヒットし続けているのです。もしもあなたが人間の深淵に触れたいなら、ドストエフスキーは最高におすすめの作家です。(※ただしものすごく長いので暇な時に限る)

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