夢野久作 『瓶詰地獄』

100年近く前の短編

夢野久作の『瓶詰地獄』が発表されたのは、1928年。ざっと100年近く前の本になります。

夢野久作といえば、日本3大奇書と言われている『ドグラ・マグラ』が有名であり、なぜ『ドグラ・マグラ』のほうを紹介しないのかと言われてしまいそうですが…。

『ドグラ・マグラ』は、あまりに刺激的すぎて、紹介するのをためらってしまいます。

『ドグラ・マグラ』って、表紙からしてもうあれでしょ、すごいことになってるでしょ。

あんまり載せたくないのですが、『ドグラ・マグラ』の表紙も載せておきます。

ドグラ・マグラ (上) (角川文庫)

ドグってるね~…。

かなりドグってる。意味はわからないけどドグってるよ~。

続く下巻は次のようなものです。

ドグラ・マグラ (下) (角川文庫)

マグってるね~。

かなりマグってる。上巻とセットでドグってるしマグってるよ~。

っていうかよく100年前近くにこういうのを出版しようと思ったよね!

表紙からして分かる通り、まさしく『奇書』という感じです。

『ドグラ・マグラ』は、あらすじを説明することが不可能と言われており、無限ループなのか、夢の中の出来事なのか、それすらも読んでいてわからなくなる作品で、よくこんな作品が作れたなと感心させられてしまいます。

しかし今回は『ドグラ・マグラ』の話ではないので、さっさと切り上げて『瓶詰地獄』に行きたいと思います。

『瓶詰地獄』

『瓶詰地獄』は、短編ながら、のちの小説を変えたと言われるほどの影響を与えた傑作です。

物語は、無人島に漂着した男女2人が海に流した、ボトル・メッセージ3通によって展開されます。

そして、その3通を紹介することが物語のすべてです。それ以外にお話はありません。

これが夢野久作の上手いところで、たった3通の手紙でありながら、読み進めずにはいられない構成力の巧みさが光っています。

『瓶詰地獄』では、漂着した男女が助けを求めるボトル・メッセージを、『新しいメッセージ』から読み進めていき、最後は、無人島に漂着したばかりの『古いメッセージ』で終わる構成です。

普通の小説であれば、1通ずつ順にメッセージを受け取り、外部の人間が無人島の内情を知っていく…といった構成が多いかと思いますが、いきなり最新のメッセージを読み、徐々に古くなっていくことで、隠された秘密がわかってくる…というのが、この『瓶詰地獄』の魅力になっています。

100年前の作品ですが、間違いなく小説の歴史に残る優れた短編です。

著作権切れてる!

『瓶詰地獄』はあまりにも古いので、もう著作権が切れており、自由に転載することができるようになっています。

著作権切れの作品を集めた『青空文庫』で、『瓶詰地獄』全編が読めますよ。

しかし、100年前なので文章が古く、おすすめしても読んでもらえた試しがないほど読みにくいです。

特に今の文章に慣れていると苦痛に感じると思いますので、わかりやすく今風に直した『瓶詰地獄』を以下からお読みください。オチまで書いておりますので、原文を読みたい方はリンクから青空文庫に飛んで下さいね。

『瓶詰地獄』

海洋研究所 様

拝啓 先日、海洋研究所からお知らせがあった、研究用のボトルメッセージのようなものを3つ見つけました。

どれも相当に古いもので、私達の村の海岸の、200メートルから400メートルほどの距離の間に、岩に挟まっていたり、砂の中に埋もれたりしていました。

いつ書かれたものか分からない上に、中身もどうも、研究用のはがきなどではなく、ノートの切れ端などのようです。

何かの参考になるかと思い、封を開けずに、このままお届けいたします。 敬具

☓☓島村役場

1通目の内容

「救いの船がとうとうきました。お父様お母様と思わしき姿が、私達にハンカチを振ってくれているのがよく見えます。

きっとお父様お母様は、私達が最初に出したボトルメッセージを見て、助けに来てくださったのでしょう。

けれどもその船の汽笛の音は、最後の審判のラッパよりも恐ろしい響きでした。

手が震え、心が慌て、涙で目が見えなくなります。

私達2人は、今から船の真正面の崖に登り、お母様お父様達によく見えるように、しっかり抱き合ったまま、海に身を投げて死にます。

そうすればサメが私達を食べてくれ、その後、瓶に詰めたこの手紙を、ボートに乗った方々が見つけてくださるでしょう。

すみません、すみません。私達は最初からお父様お母様の子ではなかったと思って諦めて下さい。

わざわざ助けに来てくださった皆様にも、このようなことをする私達2人をどうぞお許し下さい。

ようやくお父様お母様と同じ、人間の世界へ帰る喜びと同時に、死ななければならない不幸せな私たちの運命を、あわれみください。

こうしなければ私達は罪の償いができないのです。

この離れ島で私達が犯した、恐ろしい罪の報いです。

どうぞお許し下さい。私達は、サメに食われるくらいしか価値の無いしれものだったのです。さようなら。

お父様

お母様

皆々様

神様からも人間からも救われない、悲しい2人より」

2通目の内容

「この苦しみから逃れるにはどうしたらいいのでしょうか?

何度、崖から飛び降り、サメに食われてしまおうかと思ったか分かりません。

そうすればきっと、アヤ子も同じことをするだろうということも分かりきっていました。

私とアヤ子の2人が、あのボートの上で、付き添いのばあや夫妻や、センチョーサン、ウンテンシュとはぐれ、この小さな島に流れ着いてから、もう何年になるでしょうか?

年中夏のようで、よくわからないのですが、10年くらいは経ってるのではないでしょうか?

その時に、私たちが持っていたものは、一本のエンピツと、ナイフと、1冊のノートブックと、1個のムシメガネと、水を入れた3本のビール瓶と、小さな新約聖書が1冊と……それだけでした。

この小さな島には、大きなアリの他には、私達に危害を加えるような鳥、獣、昆虫は1匹もいませんでした。

その時、11歳であった私と、7つになったばかりのアヤ子と二人のために、余るほどの豊かな食べ物があふれていました。

キュウカンチョウやオウム、絵でしか見たことのないゴクラク鳥、見たことも聞いたこともない華やかな蝶が飛んでいました。

おいしいヤシの実、パイナップル、バナナ、赤と紫の大きな花、香りのいい草、または、大きい、小さい鳥の卵だのが、1年中、どこかにありました。

鳥や魚は、棒でたたくと、いくらでも取れました。

私たちは、そんなものを集めて来ると、ムシメガネで枯れ草や流れ木を燃やし、焼いて食べました。

そのうちに島の東にある岬と岩の間から、キレイな泉が湧いているのを見つけましたから、その近くの砂浜の岩の間に、壊れたボートで小屋を作って、柔らかい枯れ草を集めて、アヤ子と2人で寝られるようにしました。

それから小屋のすぐ横の岩を、ボートの古釘で掘って、小さな倉庫みたいなものも作りました。

そのうち、上着も下着も、雨や、風や、岩に破られてしまって、2人ともホントのヤバン人のように裸になってしまいましたが、それでも朝と晩には、2人であの崖に登って、聖書を読んで、お父様やお母様のためにお祈りをしました。

私たちは、お父様とお母様にお手紙を書いて大切なビール瓶の中の1本に入れて、しっかりとヤニで封じて、2人で何度も何度も瓶にくちづけをしてから海の中に投げ込みました。

そのビール瓶は、潮の流れに連れられ遠くへ出て行って、二度とこの島に帰って来ませんでした。

私たちはそれから、誰かが助けに来てくださる目印になるように、崖の一番高いところへ長い棒切れを立てて、いつも青い木の葉を吊るしておくようにしました。

私たちは時々けんかをしました。けれどもすぐになかなおりをして、学校ごっこや何かをするのでした。

私はよくアヤ子を生徒にして、聖書の言葉や、字の書き方を教えてやりました。

そうして2人とも、聖書を、神様とも、お父様とも、お母様とも、先生とも思って、ムシメガネや、ビール瓶よりもずっと大切にして、岩の倉庫の一番高い棚の上に上げておきました。

私たちは、ホントにしあわせで、やすらかでした。この島は天国のようでした。

こんな離れ島の中の、たった2人きりのしあわせの中に、恐ろしい悪魔が忍び込んで来ようとは、どうして思われたでしょうか。

けれども、それは、本当に忍び込んで来たに違いありません。

それはいつからとも、わかりませんが、月日が経つのにつれて、アヤ子の肉体が、奇跡のように美しく、つややかに育っていくのが、ありありと私の眼に見えて来ました。

ある時は花の精のようにまぶしく、また、ある時は悪魔のようになやましく……

そうして私はそれを見ていると、なぜかわからずに思いが暗く、悲しくなってくるのでした。

「お兄さま…………」

とアヤ子が叫びながら、何のけがれもない瞳を輝かして、私の肩へ飛び付いて来るたびに、私の胸が今までとはまるで違った気もちでワクワクするのが、わかってきました。

そうして、そのたびごとに、私の心は深く沈み、悩みと苦しみに恐れ震えるのでした、
けれども、そのうちにアヤ子の方も、いつとなく様子がかわってきました。

やはり私と同じように、今までとはまるで違った………もっともっとなつかしい、涙にうるんだ眼で私を見るようになりました。

そうして、それにつれて何となく、私の体に触るのが恥ずかしいような、悲しいような気もちがするらしく見えてきました。

2人はちっともけんかをしなくなりました。そのかわり、何となく物思いに沈んだ顔をして、時々そっとため息をするようになりました。

それは、2人きりでこの離れ島にいるのが、何ともいいようのないくらい、なやましく、嬉しく、さみしくなってきたからでした。

そればかりでなく、お互いに顔を見合っているうちに、眼の前がみるみる影のように暗くなってきます。

そうして神様のおぼしめしか、悪魔のからかいかわからないままに、ドキンと、胸がとどろくと一緒にハッと我に返るような事が、1日のうち何度もあるようになりました。

2人は互いに、こうした2人の心をはっきりと知り合っていながら、神様の罰を恐れて、口に出せずにいるのでした。

もし、そんな事をした後で、救いの舟が来たらどうしよう…………という心配に打たれていることが、なにも言わなくとも、2人ともよくわかっているのでした。

けれども、ある静かに晴れ渡った午後のこと、ウミガメの卵を焼いて食べたあとで、2人が砂原に足を投げ出して、はるかの海の上をすべっていく白い雲を見つめているうちに、アヤ子はふとこんな事を言い出しました。

「ねえ、お兄様。あたし達2人のうち1人が、もし病気になって死んだら、あとは、どうしたらいいでしょうね」

そう言ううちアヤ子は、顔を真赤にしてうつむき、涙を砂の上に落しながら、何ともいえない、悲しい笑い顔をして見せました。

その時に私が、どんな顔をしたか、私は分かりません。

ただ死ぬほど息苦しくなって、胸が張り裂けそうになり、なんの返事もできないまま立ちあがり、アヤ子から離れていきました。そうしてあの崖の上に来て、頭をかきむしり、ひれ伏しました。

「ああ。天にまします神様よ。

アヤ子は何も知りません。ですから、あんな事を私に言ったのです。どうぞ、あの娘を罰しないで下さい。そうして、いつまでもいつまでも清らかにお守り下さいませ。そうして私も………。

ああ。けれども………けれども………。

ああ神様よ。私はどうしたらいいのでしょう。どうしたらこの悩みから救われるのでしょう。私が生きておりますのは、アヤ子のためにこの上もない罪です。

けれども私が死にましたならば、なおさら深い悲しみと、苦しみをアヤ子に与えることになります、ああ、どうしたらいいでしょう、私は…………。

おお神様よ…………。

私の髪の毛は砂にまみれ、私の腹は岩に押しつけられております。もし私の死にたいお願いが神の御心にかないましたならば、今すぐに私の命を、稲妻にお渡し下さい。

ああ神様よ、どうぞどうぞ、そのお示しを現してください……」

けれども神様は、何のお示しもなさいませんでした。

藍色の空には、白く光る雲が、糸のように流れているばかり…………崖の下には、青く白く渦巻く波の間を、遊んでいるサメのしっぽやヒレが、時々ヒラヒラと見えているだけです。

その青い底なしのふちを、いつまでもいつまでも見つめているうちに、私の目は、いつとなくグルグルとめまいを始め、思わずヨロヨロとよろめいて、ただよい砕ける波の泡の中に落ち込みそうになりましたが、やっとの思いで崖の端に踏みとどまりました。

…………と思う間もなく、私は崖の上の一番高いところまでひとっとびに引き返しました。

そこに立っておりました棒切れと、その先に結びつけてあるヤシの枯れ葉を、ひと思いに引きたおして、崖の下の底なしのふちに投げ込んでしまいました。

「もう大丈夫だ。こうしておけば、救いの船が来ても通り過ぎて行くだろう」

こう考えて、何かゲラゲラとあざけり笑いながら、狼のように崖をかけおりて、小屋の中へかけこみ戻りました。

聖書を、ウミガメの卵を焼いた火の残りの上に乗せ、上から枯れ草を投げかけ、炎を吹き立てました。

そして声のある限り、アヤ子の名を呼びながら、砂浜のほうへかけ出して、そこいらを見まわしました…………が…………。

見るとアヤ子は、海の中に突き出ている岬の大岩の上にひざまずいて、空をあおぎながらお祈りをしているようです。

私は2、3歩うしろへ、よろめきました。

荒波に取りまかれた紫色の大岩の上に、夕日を受けて血のように輝いている乙女の背中の神々しさ…………。

潮が高まって来て、膝の下の海藻を洗いただよわしているのも気づかずに、黄金のしぶきを浴びながら一心に祈っている、その姿の気高さ…………まぶしさ…………。

私は身体を石のようにこわばらせながら、しばらくの間、ボンヤリと眼をみはっておりました。

けれども、そのうちにふと、そうしているアヤ子の決心がわかりますと、私はハッとして飛び上がりました。

夢中になってかけ出して、貝がらばかりの岩の上を、傷だらけになってすべりながら、岬の大岩の上に這い上りました。

あれ狂い、泣き叫ぶアヤ子を、両腕にしっかりと抱きかかえて、体中血だらけになって、やっとの思いで、小屋のところへ帰って来ました。

けれども私たちの小屋は、もうそこにはありませんでした。聖書や枯れ草と一緒に、白い煙となって、青空のはるかむこうに消えてしまっているのでした。

それから後の私たち2人は、肉体も魂も、本当の暗闇に追い出されて、夜も昼も悲しみ、歯がみしなければならなくなりました。

そうしてお互いを慰さめ、励まし、祈り、悲しみ合うことは愚か、同じところに寝ることさえもできない気もちになってしまったのでした。

それは、おおかた、私が聖書を焼いた罰なのでしょう。

夜になると星の光りや、波の音や、虫の声や、風の葉ずれや、木の実の落ちる音が、一つ一つに聖書の言葉をささやきながら、私たち2人を取り巻いて、一歩一歩と近づいて来るように思われるのでした。

そうして身動き一つ出来ず、まどろむことも出来ないままに、離れ離れになってもだえている私たち二人の心を、うかがいに来るかのように恐ろしいのでした。

こうして長い長い夜が明けますと、今度は同じように長い長い昼が来ます。

そうすると、この島の中に照る太陽も、歌うオウムも、舞う極楽鳥も、玉虫も、蛾も、ヤシも、パイナップルも、花の色も、草の香りも、海も、雲も、風も、虹も、みんなアヤ子の、まぶしい姿や、息苦しい肌の香りとゴッチャになって、グルグルグルグルと渦巻き輝やきながら、四方八方から私を包み殺そうとして、襲いかかって来るように思われるのです。

その中から、私と同じ苦しみにとらわれているアヤ子の、なやましい瞳が、神様のような悲しみと悪魔のような微笑みとを別々にこめて、いつまでもいつまでも私を、じっと見つめているのです。

鉛筆が無くなりかけていますから、もうあまり長く書けません。

私は、これだけのなやみと苦しみにあいながら、なおも神様のいましめを恐れている私たちのまごころを、この瓶に封じこめて、海に投げ込もうと思っているのです。

明日にも悪魔の誘惑に負けるような事がないうちに…………。

せめて二人の体だけでも清らかであるうちに……。

ああ神様…………私たち二人は、こんな苦しみにあいながら、病気ひとつせずに、日に日に健やかに美しく育っていくのです。

この島の清らかな風と、水と、豊か食べ物と、美しい、楽しい、花と鳥に守られて…………

ああ、なんという恐ろしい責め苦でしょう。この美しい、楽しい島はもうすっかり地獄です。

神様、神様。あなたはなぜ私たち二人を、ひと思いに殺して下さらないのですか…………。

――太郎記す………

3通目の内容

オ父サマ。オ母サマ。ボクタチ兄ダイハ、ナカヨク、タッシャニ、コノシマニ、クラシテイマス。ハヤク、タスケニ、キテクダサイ。

市川 太郎
イチカワ アヤコ

解説

『瓶詰地獄』は、無人島に漂着した太郎とアヤコが、満ち足りた環境で健やかに育つも、お互いが成熟する姿に思い苦しみ、ついには一線を越えてしまったことによる罪悪感から、自ら崖に身を投げてしまう物語です。

この物語を読み解くキーワードとして、聖書の存在があります。

ふたりは幼くして無人島に漂着したため、聖書しか読むものがなく、聖書の知識だけで育ったことにより、近親相姦を非常に深い罪であると認識するようになります。

そのため、救助船を見たふたりは、自分たちの罪が発覚することを恐れ、自ら身を投げてしまうわけですが、救助船は、『本当に来ていた』のでしょうか?

救助船は来ていない

ふたりの手紙は、3通ともまとめて一度に村役場に発見されているため、ふたりが生きているうちは、誰にも発見されていません。

また、2通目の手紙で、『目印となる旗を捨てた』ことが書かれています。

目印も捨てて手紙も発見されておらず、生きているかもわからないのに、10年も経ってからふたりの両親があてもなく救助船で調査をするものでしょうか? この救助船は本当に存在したのでしょうか?

これは、ふたりのあまりにも思いつめた罪悪感が、救いと裁きを求める幻覚を生み出したものだと言われています。救助船は来ていなかったのです。

聖書だけで言葉をおぼえたふたり

聖書だけで言葉をおぼえたというところから、異常に難しい言葉を使うのに幼い語り口であったり、聖書に書かれていない単語である『センチョーサン』『ウンテンシュサン』はカタカナでしか書くことができていないなど、随所に憎いほど上手い仕掛けが施されています。

しかし、本当にたったふたりだけで無人島に漂着し、大人の存在がない状態で、ここまで表現力が高くなるものだろうか、という疑問も残ります。

これには多くの方が疑問を呈していますが、太郎めっちゃ賢かった説を提唱すれば、多少は疑惑も晴れるというものです。

時間遡行のミステリー

『瓶詰地獄』最大の魅力は、時間をさかのぼってふたりの手紙を追っていくことです。

これによって、「救助船が助けに来たのに、なぜ自ら死んでしまうの?」というミステリーを呼び、読者はそれを紐解くため、物語に引きこまれていきます。

このあたりが非常に上手く、100年経っても色褪せない手腕だと思います。

そんな構成力の巧みさから、『瓶詰地獄』は夢野久作の短編の中でも高い評価を受けることとなりました。

これ以後にも、同じく時間遡行をテーマに構成したミステリーは多く発表されています。

しかしこの『瓶詰地獄』は原点でもあり頂点のひとつとも言え、100年前でありながら、このキーワードの魅力を書き尽くした傑作だといえるでしょう。

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