漫画が売れない!
こんなことは、20年も前には信じられないことであり、特に少年ジャンプが600万部も売り上げていたころには、連載作品ほとんどアニメ化、漫画が衰える姿が見えないとまで思われていたものです。
しかし今や、雑誌はどこも赤字状態、単行本の売り上げだけで出版社は継続しており、その単行本ですら全体的な売り上げは年々下がる一方。
そもそも出版社は漫画家の味方でなければならないはずですが、ついに「売れる本しか出版しない」という出版社まで現れ、多くの漫画家たちが先の見えない未来に不安を抱いています。
いったい、これからの漫画業界はどうなってしまうのか。
誰もが憂う未来に、ひとつの答えを提案してくれたのが鈴木みそ先生の『ナナのリテラシー』です。
「食べていけない」の悲鳴…鈴木みそ先生とは
鈴木みそ先生とは、アラサー世代にはおなじみの『ファミコン通信』で連載されていた漫画家です。
昔は今のようにネットもなく、ゲームの情報を手に入れるのは『ファミコン通信』か、友達のなんか知らないが異常に詳しいやつのどちらかしか得る方法がなかったのです(そういう人ははすごい裏技も知っていたが、とんでもない大嘘情報も混じっていた)。
ファミ通は読者も多く、鈴木みそ先生の漫画も人気があり、大人になってからネットで「仕事がない、食っていけない」と言っている鈴木みそ先生を見た時には衝撃を受けました。
まさか鈴木みそ先生クラスで、そんな状態に陥っているとは…と思いましたが、そこから鈴木みそ先生は自分で生きる方法を模索、これまでの作品を自分で電子書籍として販売することを決めるのです。
電子書籍発行までの経緯がわかりやすく読める!
はっきり言って、漫画家が個人として独立し、出版社に頼らず生活するというのは並大抵のことではありません。
なぜなら漫画家とは、そもそも芸術家肌の人間が多く、一般企業でビジネスマンが必要とされる能力は未研修で、『自分でプロデュース・商売をする』ことはこれまで漫画家たちの専門外だと言われていたからです。
これは漫画家が悪いのではなく、幼いころからすべての時間と成長要素を漫画技術に注がなければ一流になれない、日本の漫画競争の苛烈さが原因となっています。
だからこそ出版社がビジネスを代行し、漫画家は書くことだけに専念できたのですが、ついにそれだけでは食べていけない時代になった今、漫画家は自分で自分をプロデュースしなくてはならなくなりました。
そして逆に、プロデュースさえできれば、このネット社会、いくらでも漫画家が生き残れるチャンスが増えるとも言えます。
鈴木みそ先生がそれを自分で証明するため、電子書籍発行に至るまでの経緯や、今後の出版社と漫画家のあり方について、『ナナのリテラシー』1巻では詳しく描かれています。
実際にご自身で努力されたからこそ重みのある本でした。
kindleアンリミテッド読み放題でも公開されていますので、漫画家を目指す方にとっては絶対おすすめの1冊です。
鈴木みそ先生は電子書籍で毎月30万以上、2013年は1,000万円以上の売り上げ
鈴木みそ先生はご自身のブログで、今後の漫画家にとって役に立つようにと、制作過程や売り上げまで公開されています。
その中で、電子書籍が毎月30万円以上は売り上げがあり、販売を始めた2013年は1,000万円の売り上げを達成されたことも書かれており、出版社の漫画家時代はこんなに売れたことがないということも語られています。
鈴木みそ先生にとって、電子書籍進出は英断だったようです。
しかしもちろん、すべての漫画家がこのように成功するわけではありませんし、鈴木みそ先生はもともと知名度の高い漫画家であったという理由もあるでしょう。
それでも間違いなく、今後の漫画家の姿を考える上で、鈴木みそ先生の電子書籍販売は価値のある指標のひとつだと思います。
これからの時代、出版社や企業を頼らなくとも一人で稼ぐ方法があり、漫画を描くこと以外はあまり動きたくない漫画家でも、『動けばきっと新しい希望がある』という証明はとてもいいお話だと思います。
出版社は作家の個人販売を認められるのか
当たり前ですが、この時、本当にそれを出版社は認められるのかという問題があります。
たとえば今の出版社を支えている超ヒット漫画家は、出版社を通さず自分で電子書籍にしたほうが儲けはずっと多くなるわけです。単行本の印税は10%がいいところ、自分で出す電子書籍は70%という破格の収益率だからです。
しかし、単行本の売り上げがほしい出版社はそれを認めるわけにはいきませんし、近年は電子書籍化する権利をあらかじめ出版社が独占しているところも多い状態です。
超ヒット作家クラスになると、自分で電子書籍にするよりも、出版社に総合マネジメントしてもらったほうが有利なケースが多いですから、現実的にはこのようなことはありません。
しかし中堅より若い漫画家にとっては死活問題であり、単行本1冊につき、ほんの少しでも多い収入がほしいところ。
特に単行本を電子書籍として販売できれば、長く自分の資産として運用することができ、出版社が発行しなくなっても自分で売り続けることができます。
鈴木みそ先生は、『ナナのリテラシー』も連載後、自分で電子書籍として販売させてもらっているそうです。
しかしこういったケースはなかなかなく、やはり利益の面で漫画家と出版社は対立し、編集者ですら、出版社の社員である以上、漫画家の味方だけをすることはできない状況です。
鈴木みそ先生は『ナナのリテラシー』の中で、編集者は『エージェント』として別会社を設立し、出版社とは離れて、完全に漫画家側の立場でサポートするのはどうか、というアイディアを提案されています。
素晴らしいお話なのですが、これが実現されるまでには長い時間を必要とするでしょう。
けれども、かつて『ドラゴンボール』などを担当し、マガジンに負けていたジャンプを『ワンピース』『NARUTO』などで甦らせた鳥嶋編集が、「俺は編集部を全く信用していない、漫画家だけの味方」と公言して多くの漫画家の信頼を得ていたことを考えると、編集は常に出版社を超えて絶対的な漫画家の味方であるべきなのです。
そのために別会社が必要というアイディアには頷かされてしまうところもありますね。
電子書籍、コミケ、ネット…漫画家の舞台は自分で増やす時代に
かつては出版社で漫画を出すことだけが漫画家でしたが、いまや電子書籍やコミケだけで生活できる漫画家も増えるとともに、漫画家の形もこれまで通りでは収まらなくなってきました。
『ナナのリテラシー』で語られているのは、いよいよ漫画家が活躍できる舞台を自分で増やさなければならない時代が訪れているということです。
しかしこれは、漫画家や志望者にとって苦しいだけの時代ではありません。
いままで、出版社を通すことだけでしか表現できなかった作品を、自由に羽ばたかせられるチャンスでもあり、既成概念にとらわれず執筆できるジャンルも増えたと言えるでしょう。
同時に自己プロデュース能力は絶対的に必要とされる時代になりました。
裏を返せば、自己プロデュース能力という社会スキルほど、販売だけにとどまることなく、漫画の内容までを輝かせるものは他にないとも言えるので、身につけて損はありません。
バイトも社会人経験も、すべて漫画の可能性を広げるために役に立ちます。
また、人間関係が苦手な方でも、ネットで自己プロデュースを行うことは十分に可能です。pixiv、Twitter、ブログ、そんなところから生まれる漫画も増えました。
少し視野を広げれば、必ず自分の描きたい漫画を描いて暮らせる方法がある、『ナナのリテラシー』はそんな希望を感じさせてくれる1冊だと思います。